悪人

 ある村にカンダタという男がいた。生まれつき体が大きく、十三歳になる頃には村の大人を見下ろすようになっていた。

 ある日、カンダタが山で薪拾いをしていると、藪の向こうから妙な声が聞こえてきた。カンダタにはそれが男女のまぐあいであることがわかった。カンダタならずとも、貧しい山村の者なら、年頃になれば誰でも知ることである。

 覗いてみると、村の若者と村長の娘が体を重ねていた。村長の娘はカンダタの姿を見ると悲鳴のような声を上げた。若者は怒りをあらわにし、カンダタを追い払おうとしたが、カンダタは平然と二人に近寄っていった。

 若者は一瞬のためらいののち、着物をつかんで走り去った。力ではかなわないと見たのか、あるいは二人の関係が表ざたになるのを恐れたのか。どちらにせよ、若者の執着はその程度であった。

 カンダタは若者の代わりに娘に覆いかぶさった。はじめは抵抗していた娘だったが、すぐにおとなしくなった。カンダタはこんなものなのだろうと行為に没頭した。



 しばらくして村に噂が立った。村長の娘がカンダタに襲われたと。両親の耳にも入ったが、二人は何も言わなかった。カンダタも知らぬふりをした。

 ある日、村長の家の使用人が大金を持ってやってきた。両親は目を見開いた。見返りはカンダタが村を出て、二度と戻らぬことだった。

 カンダタは不満だった。最初に村長の娘に手を出したのは若者ではないか。その時カンダタには噂を流した張本人がわかった。

 両親は大変乗り気だった。金も欲しいが、もともと手に余る子供を厄介払いできれば一石二鳥だ。恐る恐るカンダタの顔をうかがった。

 カンダタは自分が疎んじられているのは知っていた。狭い村にも飽きてきたところだった。金の半分を受け取り、村を出ることにした。

 だが、ただ出ていくのは癪だった。家を出た夜、あの若者の家に忍び込み、首を絞めた。若者は声も出せぬまま、ばたばたと暴れていたが、やがてぐたりとなった。

 入るときと同じように静かに家を出て、夜道を急いだ。月だけが人殺しを見送っていた。



 野盗の首領としてカンダタの名が有名になるのに三年かからなかった。近隣の村々を襲い、手向かう者は殺し、女は犯した。

 その極悪非道ぶりは徹底していた。

 ある時、ある村が武装して抵抗しようとした。カンダタは村人が寝静まるのを待ち、精鋭のみを連れて村長の家に夜討ちをかけた。翌朝、村人が見たのは赤ん坊まで殺すというカンダタの非道さだった。

 この話が村々に伝わると、抵抗する者はいなくなった。みな黙って金品と女房、娘を差し出した。カンダタ一党はたやすく稼げるようになり、贅沢な身なりをするようになった。

 こうなると貧乏暮らしに嫌気がさした村人が、俺も俺もと仲間に入るようになり、一党は一大勢力に成長した。

 規模が大きくなると役人も黙ってはいない。軍勢を引き連れて攻めてきた。だがここでもカンダタの非情さが発揮された。腹心の部下だけ連れて、抜け穴からさっさと逃げてしまったのだ。

 残された者は体のいい盾代わり。必死に守っているはずのご本尊はとっくにもぬけの殻。役人も自分が死ぬのは嫌だから、適当な数を討ち取れば言い訳になるとばかりに、砦が焼け落ちたら帰ってしまった。十数個の首を手土産にして。

 逃げ延びたカンダタ一行は、ほかの地方に場所を変えて、また同じことを繰り返すのだった。



 盗賊暮らしも数年が過ぎたころ、カンダタは体に衰えを感じ始めた。年を数えるのはとうにやめたが、おそらく三十前後のはず。堅気の暮らしならまだまだ働き盛りだが、山を渡り歩き、人と争う生活は、思いのほかカンダタの体を痛めつけていた。

 それに加えて暴飲暴食、およそ栄養の配分を考えない食事。追手から逃れて山中をさ迷い歩き、何日も野草しか口にしないこともあった。

 そろそろ潮時だと考えたカンダタは、一党を解散した。当然不満を漏らす者もいたが、金銀を分配することで納得させた。生まれ育った村に帰る者もいれば、少人数で野党を続ける者もいた。

 カンダタは自分を知る者がいない遠くの村の外れに居を構え、飯炊き女を雇い、小さな畑を耕すことにした。少々蓄えがあったので、贅沢をしなければそれで食っていけた。ゆとりができたら小商いでもやるつもりだった。



 数年ののち、飯炊き女との間に女の子が産まれた。飯炊き女は女房に格上げされた。子育てには無関心だったカンダタも、「とと、とと」と慕われるうちに、手をつなぎ、抱き上げ、ほおずりするようになった。

 初めて経験するまっとうな暮らしは、カンダタの心を少しずつ変えていった。川の石が水の流れで転がり、角が取れていくように、カンダタは優しくなった。女房のことも愛しく思うようになった。家族三人、夕餉を囲んで笑いあうことが増えていった。

 生まれてはじめてカンダタは幸せを感じていた。ああ、これが人並みということか。普通に暮らしていれば誰でも手に入るものを、俺はずいぶん遠回りをしてしまった。

 カンダタは自分の人生を振り返ってみた。幾人もの人を殺した。男もいた、女もいた、子供もいた。あの者たちも今の自分のように幸せだったのだろうか。

 カンダタは人の心を持ってしまった。それまでカンダタは人ではなかった。人であれば犯さない大罪を、人でなしはやすやすと犯してしまう。

 人でなしのまま、野垂れ死にすればよかったのかもしれない。なまじ情を知ってしまったカンダタにとって、自分のやってきたことは非道すぎた。

 己が殺した人の顔が、女房、子供の顔に重なった。もし今、自分が同じ目にあったらどうだろう。考えるだけで背筋が凍り付いた。

 カンダタは眠れなくなった。眠れば夢を見る。夢の中に己が殺した人々の顔が出てくるのだ。おびただしい死体の中にいることもある。足元に転がるのは女房と我が子だ。夜中に何度も飛び起きた。

 食事がのどを通らなくなり、カンダタは次第にやせ衰えていった。頬はこけ、目玉がぎょろりと大きくなった。その目で虚空を見つめ、ぶつぶつと何やらつぶやいている。

 そんな日が続き、とうとうカンダタは狂ってしまった。心が罪の重さにつぶれたのか、不眠が精神を壊したのか。

 斧を取り出し、女房と子供の頭を割ってしまった。そして、自分ものどを掻っ切って後を追った。

 事情を知らない村の人々は、狐憑きだ、いや犬病のせいだと噂した。尋常な死に方ではなかったので、三人を家ごと焼き、祟りを恐れて跡に祠を立てた。

 月日が流れ、哀れな一家のことはいつか忘れ去られた。祠の由来もわからなくなったが、今でも道すがら花を供える者がいるそうな。

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