それがいつ生まれたのか、だれも知らない。それ自身も知らない。気がついたら地中にいた。

 それは地中を自由に動くことができた。細長い体をくねらせて、蛇のように移動した。不思議なことに、土も岩もそれの移動を妨げることがなかった。まるで土と同化したように、滑らかに動くことができた。

 腹がすくと地表に浮かび上がり、先端の口を地面に広げた、地上からはまるでそこに穴が空いたように見えた。

 初めは小さな虫だった。住処を求めた虫が穴のような口に入るまで根気よく待った。幾日も、幾月も。ときには幾年も。それには大した知能がなかったので、退屈はしなかった。

 ある時それは、自分が音を出していることに気づいた。「リリリリ、リリリリ」と先ほど飲み込んだ虫と同じ音を出している。すると同じ虫が音に誘われて口に入ってきた。なるほどよくできたものだと、我ながら感心した。

 腹がふくれたので沈んで眠ることにした。次に起きるのは何年先だろうか。こういうことを繰り返し、それは少しずつ大きくなっていった。



「ねえ、お願い」
 エリカは眉の端を下げ、何度目かの懇願をした。だが声は怒っていた。自分の煮え切らない態度がそうさせているのだろうなとサトルは思った。

 幼馴染から、いなくなった犬の捜索を頼まれているのだが、自分にも予定があった。男のつき合いか、幼馴染への義理か、大いに迷うところであった。

「だったらいいわよ」
 エリカはむくれて横を向いた。ほっぺたを膨らませて口をとがらせている。
「花火大会には一人で行ってよね」

 ああ、やっぱりそう来たか。女ってやつは男の弱いところをよく知ってやがる。自分には初めから勝ち目はなかったのだ。
「わかりました。お手伝いします」
 エリカはにっこりとほほ笑んだ。



 そこは宅地造成で山を削ってできた空き地だった。なぜか今は工事が止まっており、静かなものだった。あちこちにプレハブ小屋や砂の山があり、ダンプカーも置き去りにしてあった。

 エリカは時々ここで、飼い犬のロッキーを放して遊ばせていた。

「ここ幽霊が出るって噂なんだよね」
 女の言いなりに使われることに、いささかプラドが傷ついていたサトルは、エリカに一矢報いようとした。
「作業員が幽霊にさらわれたんだって」
「へぇ、そう」
 エリカは軽々と矢をかわした。

「この辺でロッキーが急に走り出したの」
 エリカがあたりを見回しながら言った。
「あいつ、馬鹿だからなぁ」
「違うわよ、猫の鳴き声で興奮したの」
 ロッキーは以前から猫を親の仇のように嫌っていた。

「へぇ、どんな猫?」
「姿は見えなかった。声があっちのほうから聞こえたんだけど」
「じゃあ、そっちのほうを探そう」
「いつまでも同じ場所にいるわけないでしょ。手分けして探すわよ。あんたはあっち。私は声がしたほうに行ってみるわ」
「へい、へい」

 適当にその辺をぶらついて帰ればいいや。サトルは算段した。
「手抜きしないでちゃんと探してよね」
 立ち去りながらエリカがくぎを刺した。
「はーい」



 少女は立ち尽くしていた。いつの間に空いたのだろう。彼女の目の前には大きな穴がぽっかり口を開けていた。この前までなかったのに。

 そこは空き地の一番奥の山際で、ショベルカーに削られて山肌が露出していた。そこに少女が少ししゃがめば入れるぐらいの穴ができていたのだ。

(ロッキーなら楽に入れる)
 だが、なぜか中に入ることはためらわれた。暗いだけではない。何か嫌な気配を感じた。暗闇の中に何か悪いものがいるような。

 少女がためらっていると、犬の鳴き声が聞こえたような気がした。
「ロッキー、いるの?」
 呼びかけに応えるように今度ははっきりと聞こえた。ロッキーだ。

 きっと怪我でもして、中で飼い主の助けを待っているのだろう。少女は居ても立ってもいられなくなり、中に入っていった。



 一通り探して元の場所に戻ってきたが、エリカは居なかった。まだ探しているのか。少し待ってみるか。

 しばらくしてもエリカは戻らなかった。サトルは少し不安になった。
(そんなに広くはないよなぁ)
 普通に探せばとっくに戻ってきているはずだ。サトルの頭に、昔、子供が崩れた砂山に埋まって死んだ事件がよぎった。
(エリカ……)
 サトルはエリカが向かったほうへ走り出した。



 少年は立ち尽くしていた。目の前に大きな穴がある。ここに来るまで少女には出会わなかった。となると、この中にいるということになる。しかし……

 その穴は何か不吉なものを感じさせた。きっと工事の人が掘ったのだろう、まん丸い変哲のない穴なのだが、中がやけに暗い。まるで呼吸をしているように中から空気が流れてくる。

「エリカー」
 恐怖を打ち消すように少年は大きな声で呼んだ。すると何かが聞こえてきた。
「ロッキー、いるの?」
 少女の声がかすかにこだました。

(なんだ、やっぱり中にいるのか)
 少年は胸をなでおろした。ほっと息を吐いて足を踏み出した。闇に対する恐怖は消えていた。
(暗闇の中であいつと二人きりなんて、ちょっとロマンチックじゃね?)
 少年の頬が緩んだ。

 穴の入り口の高さは、ちょうど少年の背丈ほどだった。

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